3月30日にアニメ「ワンダーエッグ・プライオリティ」が最終回を迎えました。
当初から、これ…絶対終われる流れじゃないことは分かっていましたが、そうなりましたね。
早速、特別編の放送(6月29日)も決定したので、それを含めないと解消できない疑問もありますが、今感じたことのみ雑感として残します。
🥚「#ワンダーエッグ・プライオリティ 特別編 6月29日(火)放送決定🥚
— TVアニメ「ワンダーエッグ・プライオリティ」公式 (@WEP_anime) March 30, 2021
物語のその先へ―
6月29日(火)深夜より日本テレビほかにて特別編の放送が決定🍳
Hulu・dアニメストアでは29日(火)24時より配信予定です。
詳細な放送情報は続報をお待ちください。https://t.co/sMla0thBfn#ワンエグ pic.twitter.com/cCtWH6et4K
最近、エヴァの映画(シン・エヴァンゲリオン劇場版:Ⅱ)が公開されてエヴァファンとの四半世紀の決着がついたようです。
(まだ観てないので本当に完結したかは分かりませんが…。)
それは庵野秀明との戦いの結末。
以下、当時のTV放送を観た人々の気持ちを代弁したような記事がありましたので紹介します。(この気持ち、分かりますよね笑。)
今回のワンエグにはそれほどの積み上げたものもなければ話題性もないですが、明らかな消化不良と意図的なブツ切り感は否めません。
これは野島伸司さん(以下、敬称略)が話題作りのためにあえて演出した幕切れなんでしょうか?
一つ言えることは、それでも私は何か腑に落ちるものがありましたね。
主人公の大戸アイのみ、ある程度の心の闇を乗り越えたような終わり方をしましたが全体的には未解決で謎も残り、尚且つ”フリル”の作り出した友達3体(大ボス)との戦いは終わっていないような印象でした。
(少なくとも、リカ・桃恵に関しては乗り越えていない。)
最終回を観終わった後に考えたのですが、
11回と12回(最終回)では深層心理として
どんなに否定しても一度でも頭によぎったことは否定できないってことです。
例えば、”フリル”や”ひまり”が裏アカに言ったことや、ワンダーキラー(敵)化した沢木先生も深層心理の醜い部分を表面まで引っ張り出すような問い方をしてきます。
否定しても否定しても、否定できない。
なぜなら自分の深層部のどこかにあるからこそ言葉にされて露わにされます。
要は0からでは決して作り出せないことなので、どんなに小さい欠片でもこのワンダーキラーや深層部にいる個性たちに増幅されてしまう…。
これは思春期だからなのか?は分かりませんが、
誰にでもある感情の抑制(理性)から炙り出す、
実は心の奥底では本当はそう思っているのでは?と懐疑的にさせるいやらしさがありますね。
このワンエグが始まってから、
それぞれ4人の個性が揃うまでのエピソードや、死んだ関係者(友達、ファン、妹、同級生)を生き返らせようとする目的がありました。
4者4様の抱えている闇や環境があったのですが、
10話11話で桃恵とリカは早くも目的を達成します。最終話ではアイも小糸ちゃんに会うことが叶います。
もちろん、瞬間的に生き返らせたかった人に会うというだけなので達成とは言えないかもしれませんが、それが一応の目的だとすれば彼女たちはそれが瞬間で無くなっても納得のいく結末として次に踏み出せたのかもしれません。
ところが、そこから謎の敵の襲撃によって台無しにされてしまいます。
リカは怒り復讐を誓い、桃恵はトラウマを残してしまう。
アイは最後の場面で乗り越えたのかどうなのか分かりませんが、少なくとも倒してはない。
あれって一体何を意味していたのでしょうかね…。
元よりハッピーエンドになるとは思っていませんし、死んだ人間は生き返らないことは道理です。
本当に信じていたのかは不明ですが、少なくとも3人は瞬間でも会いたい人たちに会い、そこから消えてしまっても動揺した素振りはありませんでした。
じゃあ、それでいいじゃんって思ってしまいましたね。彼女たちが消化したのなら。
その後の内容は、不条理を意味しているのか作者しか分からない領域ではあります。
まあ、おそらくあえて意味が分からない不条理や不完全燃焼こそが思春期の闇で、説明が出来ない抽象度を現していたのかもしれません。
(特別編で解消されるとは思えないけど。)
特に興味深かったのが11話でしたね。
アカと裏アカの人間時代のエピソードは全くもって細かい疑問は残りましたが、肉体を持つAIのフリルを作り出したこと、AIに14歳の理想値(知能、感情、思春期らしい衝動など)を詰め込んだ結果AIなのに嫉妬や情動を持ち、最終的にアカの妻を殺してしまうモンスターになっていきます。
そして閉じ込めたはずのフリルが14年後に今度はアカの子供ひまりにも14歳の突発的衝動を起こさせる。
思春期に限らず、突発的衝動って最近でも客観的に順風満帆に見える芸能人が突然亡くなるニュースで目にしますよね。古くは熱狂的ファンの後追いなどもそんな感じですね。
もちろん、突発的衝動自体は自制できるだけの心の発達や理性が必要かもしれませんが、それがまた若さや未熟さ未完成な魅力でもあるような気がします。
とにかく言葉で説明できないからこそ、野島伸司はアニメによる抽象度とファンタジー色を選んだのでしょうかね。
答え合わせは出来ないと思いますが。
尻切れトンボのように本編が終わった本作ですが、おそらく狙い通りでしょう。
野島伸司的アプローチの結末はハッピーエンドも切りのいい終わり方もない、不完全こそ思春期だと言いたいように思えてなりませんね。
(そういえば、20年前のドラマもそんな感じでしっくり来なかったような…。)
あとは皆さんで料理してください素材は届けましたので、って感じでもなく説明できない思春期の衝動にはいろんな外的・内的要因がありますよって感じですかね。
そして解説はないのが挑戦的ですね。
今回、特に終盤3話くらいをまとめて鑑賞しましたので、最初の頃の場面の心の機微にヒントがあったかもしれませんが、正直もう観直す気になれませんね笑。
(面白い作品とは思いますよ。)
少しは野島伸司の心理に迫れるかもしれないので、6月の特別編楽しみにしています。